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ヴィム・ヴェンダースプロデュース ブルーノート・ストーリー

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        Featuring
        ハービー・ハンコック
        ウェイン・ショーター
        ソニー・ロリンズ
        クインシー・ジョーンズ
        シーラ・ジョーダン
        ベニー・ゴルソン
        ケニー・バレル
        ルー・ドナルドソン
2022.3.11Fri 角川シネマ有楽町他にて1週間限定ロードショー! 2022.3.11Fri 角川シネマ有楽町他にて1週間限定ロードショー!
2018|ドイツ|118分|5.1ch|カラー・モノクロ|ビスタ|原題:It must be schwing: The Blue Note Story|日本語字幕:宮崎幸子|PG12|配給:JAIHO
1939年ニューヨーク。ジャズに魅せられ、アメリカに渡った2人の青年が歴史を変えた。 1939年ニューヨーク。ジャズに魅せられ、アメリカに渡った2人の青年が歴史を変えた。

Introduction

2人が最も大切にしていたもの。それは録音する楽曲がちゃんとスウィングしているか、ということ。アルフレッド・ライオンが独特なドイツ訛りでミュージシャンに出す指示はたったひとつ。「シュウィングさせて!」 2人が最も大切にしていたもの。それは録音する楽曲がちゃんとスウィングしているか、ということ。アルフレッド・ライオンが独特なドイツ訛りでミュージシャンに出す指示はたったひとつ。「シュウィングさせて!」

“ライオンと狼(ウルフ)”、ミュージシャンたちから親しみを込めてそう呼ばれた2人のユダヤ系ドイツ人アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフ。アメリカに渡った彼らが立ち上げたジャズレーベル「ブルーノート・レコード」は、公民権運動以前、厳しい人種差別があった時代に生きたミュージシャンたちの希望となった。演者と創設者、国も人種も違う彼らは、差別に対する苦悩とジャズへの愛によって結びつき、喜びと悲しみを共に奏でていく―。

世界中のジャズファンに今も愛される伝説のレーベル誕生の背景、独自のレコーディングスタイルとサウンド形成の裏側を、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ソニー・ロリンズ、クインシー・ジョーンズ等名だたるジャズミュージシャンたちと、アフレッドの元妻でありジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」のオーナー故ロレイン・ゴードンを始めとする創設者2人の周囲の人々による証言で紐解く。全てのジャズファンと音楽ファンに贈る、珠玉の音楽ドキュメンタリー。

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アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフについて About Alfred Lion & Francis Wolff

アルフレッド・ライオン(1908-1987)とフランシス・ウルフ(1907-1971)は、10代の頃に生まれ育ったベルリンの街で出会う。2人には、当時のアメリカ音楽が好きという共通点があり、すぐに親友になった。1933年以降、ユダヤ教徒の2人にとって、ナチス・ドイツで生きていくことが次第に困難になり、アルフレッドは先にアメリカに渡った。しかし、アルフレッドとウルフはジャズに関わる仕事が自分の天職であり、いつか2人で大好きなジャズのレコード会社を立ち上げて生計を立てたいと考えていた。その後、フランシス・ウルフもニューヨークに渡った。フランシスが乗ったのは、ヒトラーが指揮権を握る秘密警察ゲシュタポの取り締まりを受けずにドイツから出航する最後の船だった。

再会した親友2人は、アルフレッドが設立したブルーノート・レーベルの経営に邁進した。アルフレッドはスカウトマンとプロデューサーを務めた。気心の知れたレコーディング・エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダー(1924-2016)の協力のもと、グラフィック・デザイナー、リード・マイルスのアイデアを用いて独自のサウンドを築きあげ、フランシスの撮った写真が、ブルーノート・レコードを唯一無二のジャズレーベルに押し上げた。小さな会社は少しずつ収益を上げて成長していったが、アルフレッドとフランシスが裕福になることはなかった。2人が最も大切にしていたのは、録音する楽曲がちゃんとスウィングしているか、ということだった。 アルフレッド・ライオンが独特なドイツ訛りでミュージシャンに出す指示はたったひとつ。
「シュウィングさせて!」

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Protagonists & Staff

  • ハービー・ハンコック
    俺にとってブルーノートは故郷も同然だ。
    キャリアが始まった場所なんだ。
    「Takin’ Off(テイキン・オフ)」は、ブルーノート・レコードに所属したハービー・ハンコックが初めて制作したアルバムで、1963年にリリースされた。このアルバムに収録されている「Watermelon Man(ウォーターメロン・マン)」は、のちにハンコックの最も有名な楽曲のひとつになる。アルバムの発売以降、たくさんのミュージシャンがカバーしている。ニューヨークにあるHarlem Jazz Centerの代表。
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    クインシー・ジョーンズ
    俺たちは、アメリカで最もパワフルな音楽の誕生と進化の過程をこの目で見た。アルフレッドとフランシスは自分たちが何をしているのかちゃんと分かっていた。2人が作り上げた音楽はものすごい勢いで世界に広がっていった。
    ミュージシャン、アレンジャー、作曲家、プロデューサーとしての顔を持つクインシー・ジョーンズは、17歳のころすでにベーシストのオスカー・ペティフォールドの楽曲にアレンジャーとして参加していた。仕事を続けるうちに、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィスらジャズ界の巨匠たちと出会う。ジョーンズは、トランペット奏者のマイルス・デイヴィス、クリフォード・ブラウンを目標として、常に背中を追いかけていたという。現在、クインシー・ジョーンズが編曲を手がけた楽曲はジャズの傑作として愛されている。また、マイケル・ジャクソンと共同プロデュースを手がけたアルバム「スリラー」は、史上最も売れたアルバムとされている。
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    シーラ・ジョーダン
    ルディ・ヴァン・ゲルダ―は史上最高のレコーディング・エンジニア。それが一体どんな技術で、ルディが何をしているのか、わたしには分からなかった。
    でも、唯一確かなのは最高だということ。
    ブルーノート・レコードの創立者アルフレッド・ライオンは、インタビューでシーラ・ジョーダンについてこんなふうに絶賛していた。「(シーラは)素晴らしい才能に恵まれた最高の歌手だ。彼女の歌には心があって、本当に現代的なんだ」。そのインタビューの2年前、シーラは伝説的なアルバム「Portrait of Sheila」(1962年)を制作している。ブルーノート・レコードでアルバムを制作した数少ない歌手のひとり。シーラ・ジョーダンは、これまで70年もの間ジャズシンガーとして活躍してきた。現在も歌手として、それからボイス・トレーナーとして活動を続けている。ツアーで世界中を飛び回り、定期的にドイツでのライブを開催している。
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    チャールズ・トリヴァー
    スウィングさせてくれ。
    スウィングってのは、こうだ。
    タータッタ タータッタ タータッタ ター……。
    それがなきゃジャズとは言えない。
    トランペット奏者、フリューゲルホルン奏者、バンドリーダーとして知られるチャールズ・トリヴァーは1964年、ブルーノート・ファミリーの一員となった。同年、ブルーノート・レコード所属のミュージシャンとして初めて手がけたアルバムで、著名なサックス奏者ジャッキー・マクリーンと共演した。これまでの長く、波乱に富んだキャリアのなかで、多くのアーティストと共に演奏してきた。ニューヨーク在住。
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    ベニー・ゴルソン
    リハーサルの出演料を払ってくれたのは、
    ブルーノート・レコードが初めてだった。
    著名なテナー・サックス奏者ベニー・ゴルソンがブルーノート・レコードに所属していたのは、数年間の短い期間だけだった(1956-58)。しかし、ゴルソンは当時のことを、人生におけるとても重要な数年間として今でもよく覚えているという。ゴルソンの唯一無二のあたたかいサウンドは、全世代のジャズ・ミュージシャンに影響を与えた。作曲家、音楽アレンジャーでもあるゴルソンが手がけた楽曲は300曲にものぼる。最も人気の楽曲に「I remember Clifford(クリフォードの思い出)」、「Killer Joe」、「Aloing Came Betty」などがある。トム・ハンクス主演の映画『ターミナル』(04)にゲスト出演したことで、幅広い層に知られるようになった。NEAジャズ・マスター・アワードの受賞歴があり、マサチューセッツ州ボストンにあるバークリー音楽大学の名誉博士号を授与された。現在も国内外の舞台に立ち、活躍している。
  • and more!
    • ソニー・ロリンズ
    • ウェイン・ショーター
    • ルー・ドナルドソン
    • ロン・カーター
    • ルディ・ヴァン・ゲルダー
    • ケニー・バレル
    • ジミー・ヒース
    • ジョージ・ベンソン
    • レジー・ワークマン
    • セシル・マクビー
    • チャールズ・トリヴァー
    • ロルフ・キューン
    • ベニー・モウピン
    • マイケル・カスクーナ
    • ケネス・ウルフ
    • ダン・モーゲンスターン
    • ピーター=ヨアキム・フォン・ドレンクマン
      (P・V・ドレンクマン)
    • バリー・シンガー

製作総指揮
ヴィム・ヴェンダース

1945年8月14日、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。

ミュンヘン・テレビ映画大学で学んだあと、『ゴールキーパーの不安』(71)で長編映画デビュー。

ロードムービーの三部作『都会のアリス』(74)、『まわり道』(75)、『さすらい』(76)で、国内外から注目を集める。その後、米国に渡り『ハメット』(82)を発表したが、再びドイツに戻り『ことの次第』(82)を手掛ける。同作は第39回ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞。続いて『パリ、テキサス』(84)が、第37回カンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞。以降、発表する作品が次々と海外の映画祭にて賞を受賞し、世界中にその名を知られるようになる。『ベルリン・天使の詩』(87)は、第40回カンヌ国際映画祭・監督賞、その続編の『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』(93)は、第46回カンヌ国際映画祭・審査員特別グランプリ賞、『ミリオンダラー・ホテル』(00)は、第50回ベルリン国際映画祭・銀熊賞を受賞している。ドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99)、『Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(11)は、それぞれ米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞(第72回・第84回)にノミネートされている。

近年の監督作品に、『アランフエスの麗しき日々』(16)、『世界の涯ての鼓動』(17)、『ローマ法王フランシスコ』(18)がある。

Message from Wim Wenders

ジャズ愛好家なら(そうでなくても)「ブルーノート」というレーベルは、よく知っているだろう。ブルーノート・レコードは、1940年代から50年代、60年代にかけてアメリカのアヴァンギャルド・ジャズにおけるレコードのほとんどを制作した会社だ。2019年、ブルーノート・レコードは創立80周年を迎えた。

1939年、2人のドイツ系ユダヤ人がニューヨークに渡った。彼らはジャズへの情熱に燃え、素晴らしい演奏をする黒人ミュージシャンに夢中だったのだ。しかし、渡米後、黒人ミュージシャンのレコードを制作する会社が、アメリカにはひとつもないことを目の当たりにする。2人は、黒人ミュージシャンたちの音楽を録音し、今では巨匠として名を馳せる彼らの姿を初めて写真に残し、レコードのジャケットに使った。現在、彼らが手がけたレコードは、20世紀の音楽界の名盤として愛されている。

本作は、膨大な資料と当時の素晴らしいアーカイブ映像、それからアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフの物語を描いたアニメーションが融合した作品だ。資金はなく、ジャズへの情熱だけでレーベルを立ち上げたアルフレッドとフランシス。ビデオカメラなどもちろんない時代を生きた2人の冒険を伝えるには、これ以上ない最高の形になったと思う。

2人とも英語は苦手で、アルフレッドがプロデューサーやエンジニアとしてアーティストに声をかけるとき、いつも同じことを言ったそうだ。「シュウィングさせて!」

本作は、ジャズファン以外にも楽しんでもらえる、唯一無二の作品だ。

監督
エリック・フリードラ
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ドイツ、ハンブルク在住。ドイツで最も評価されているドキュメンタリー監督の1人であり、これまでにあらゆる作品を手がけてきた。その革新的な作品は国内外で数々の賞を受賞している。
  • 主な監督作品
  • 2007 The Silence of the Quandts
  • 2010 Aghet - A Genocide
  • 2011 The Olympia Scheme
  • 2012 A German Boxer
  • 2012 Nothing But the Truth
  • 2012 The Fall - Honecker's End
  • 2014 The Voice of Peace - The Dream of Abie Nathan
  • 2015 The Girl - What Happened to Elizabeth K.?
  • 2016 The Clown
  • 2018 Eskimo Limon - Of Winners and Losers

Review

  • 資金はなく、ジャズへの情熱だけで
    レーベルを立ち上げたアルフレッドとフランシス。 ビデオカメラなどもちろんない時代を生きた 2人の冒険を伝えるには、
    これ以上ない最高の形になったと思う。
    本作は、
    ジャズファン以外にも楽しんでもらえる、
    唯一無二の作品だ。
    ヴィム・ヴェンダース (製作総指揮)
  • ドイツからの移民2人によって
    ジャズ史上最も重要なレコード会社が育まれたこの物語は、
    音楽への愛情、
    そしてミュージシャンへの尊敬に溢れた

    奇跡のような話です。
    ピーター・バラカン (ブロードキャスター)
  • ジャズの歴史の中で最も独創的で 心が躍る時代であり、
    世界を変えた瞬間でもあった、素晴らしい!
    ― ローリングストーン
  • とてつもなく煌めく宝石のようだ
    ― ウォールストリートジャーナル
  • 最も精巧で、輝かしい映像、予想外のドキュメンタリー。
    マスターピースだ!
    - RBB
  • 高品質でエキサイティングな映画!
    ジャズミュージックの栄光の時代と
    伝説的なレコードレーベル、
    そして生涯続いた友情は、
    感動的で、スリリングで、

    輝かしい
    ― DFM