“ライオンと狼(ウルフ)”、ミュージシャンたちから親しみを込めてそう呼ばれた2人のユダヤ系ドイツ人アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフ。アメリカに渡った彼らが立ち上げたジャズレーベル「ブルーノート・レコード」は、公民権運動以前、厳しい人種差別があった時代に生きたミュージシャンたちの希望となった。演者と創設者、国も人種も違う彼らは、差別に対する苦悩とジャズへの愛によって結びつき、喜びと悲しみを共に奏でていく―。
世界中のジャズファンに今も愛される伝説のレーベル誕生の背景、独自のレコーディングスタイルとサウンド形成の裏側を、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ソニー・ロリンズ、クインシー・ジョーンズ等名だたるジャズミュージシャンたちと、アフレッドの元妻でありジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」のオーナー故ロレイン・ゴードンを始めとする創設者2人の周囲の人々による証言で紐解く。全てのジャズファンと音楽ファンに贈る、珠玉の音楽ドキュメンタリー。
アルフレッド・ライオン(1908-1987)とフランシス・ウルフ(1907-1971)は、10代の頃に生まれ育ったベルリンの街で出会う。2人には、当時のアメリカ音楽が好きという共通点があり、すぐに親友になった。1933年以降、ユダヤ教徒の2人にとって、ナチス・ドイツで生きていくことが次第に困難になり、アルフレッドは先にアメリカに渡った。しかし、アルフレッドとウルフはジャズに関わる仕事が自分の天職であり、いつか2人で大好きなジャズのレコード会社を立ち上げて生計を立てたいと考えていた。その後、フランシス・ウルフもニューヨークに渡った。フランシスが乗ったのは、ヒトラーが指揮権を握る秘密警察ゲシュタポの取り締まりを受けずにドイツから出航する最後の船だった。
再会した親友2人は、アルフレッドが設立したブルーノート・レーベルの経営に邁進した。アルフレッドはスカウトマンとプロデューサーを務めた。気心の知れたレコーディング・エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダー(1924-2016)の協力のもと、グラフィック・デザイナー、リード・マイルスのアイデアを用いて独自のサウンドを築きあげ、フランシスの撮った写真が、ブルーノート・レコードを唯一無二のジャズレーベルに押し上げた。小さな会社は少しずつ収益を上げて成長していったが、アルフレッドとフランシスが裕福になることはなかった。2人が最も大切にしていたのは、録音する楽曲がちゃんとスウィングしているか、ということだった。
アルフレッド・ライオンが独特なドイツ訛りでミュージシャンに出す指示はたったひとつ。
「シュウィングさせて!」
1945年8月14日、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。
ミュンヘン・テレビ映画大学で学んだあと、『ゴールキーパーの不安』(71)で長編映画デビュー。
ロードムービーの三部作『都会のアリス』(74)、『まわり道』(75)、『さすらい』(76)で、国内外から注目を集める。その後、米国に渡り『ハメット』(82)を発表したが、再びドイツに戻り『ことの次第』(82)を手掛ける。同作は第39回ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞。続いて『パリ、テキサス』(84)が、第37回カンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞。以降、発表する作品が次々と海外の映画祭にて賞を受賞し、世界中にその名を知られるようになる。『ベルリン・天使の詩』(87)は、第40回カンヌ国際映画祭・監督賞、その続編の『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』(93)は、第46回カンヌ国際映画祭・審査員特別グランプリ賞、『ミリオンダラー・ホテル』(00)は、第50回ベルリン国際映画祭・銀熊賞を受賞している。ドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99)、『Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(11)は、それぞれ米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞(第72回・第84回)にノミネートされている。
近年の監督作品に、『アランフエスの麗しき日々』(16)、『世界の涯ての鼓動』(17)、『ローマ法王フランシスコ』(18)がある。
ジャズ愛好家なら(そうでなくても)「ブルーノート」というレーベルは、よく知っているだろう。ブルーノート・レコードは、1940年代から50年代、60年代にかけてアメリカのアヴァンギャルド・ジャズにおけるレコードのほとんどを制作した会社だ。2019年、ブルーノート・レコードは創立80周年を迎えた。
1939年、2人のドイツ系ユダヤ人がニューヨークに渡った。彼らはジャズへの情熱に燃え、素晴らしい演奏をする黒人ミュージシャンに夢中だったのだ。しかし、渡米後、黒人ミュージシャンのレコードを制作する会社が、アメリカにはひとつもないことを目の当たりにする。2人は、黒人ミュージシャンたちの音楽を録音し、今では巨匠として名を馳せる彼らの姿を初めて写真に残し、レコードのジャケットに使った。現在、彼らが手がけたレコードは、20世紀の音楽界の名盤として愛されている。
本作は、膨大な資料と当時の素晴らしいアーカイブ映像、それからアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフの物語を描いたアニメーションが融合した作品だ。資金はなく、ジャズへの情熱だけでレーベルを立ち上げたアルフレッドとフランシス。ビデオカメラなどもちろんない時代を生きた2人の冒険を伝えるには、これ以上ない最高の形になったと思う。
2人とも英語は苦手で、アルフレッドがプロデューサーやエンジニアとしてアーティストに声をかけるとき、いつも同じことを言ったそうだ。「シュウィングさせて!」
本作は、ジャズファン以外にも楽しんでもらえる、唯一無二の作品だ。